慶応3年11月25日
1867/12/20
薩摩藩主夫人の野州出流山千手観音への代参と称し、野州隊30余名が江戸の薩摩藩邸を出発
当初、三つの挙兵計画が練れれていた
・野州出身の岩松吉栄・赤尾清三郎らによる真岡町挙兵
・上州出身の桑原梧楼(金井之恭)・高橋亘らによる上州赤城山挙兵(文久3年の慷慨組のリベンジ)
・会沢元輔(薩摩藩脱藩)・不破貫一郎(高遠藩脱藩)らによる常陸土浦挙兵
この計画が難しくなり、それぞれに募集した現地の同志などを含め出流山へと結集する
※赤城山挙兵隊に関しては、またしても計画が露呈し、桑原ら多くの同志が岩鼻陣屋に捕縛され合流に至らなかった
参考
・高木俊輔「明治維新草莽運動史」